リンクの自由を声高に叫ぶ人々。
| リンク縦横無尽
作ろう英語サイト 貧盗恋歌 |
何度も述べているように、インターネット上では誰でも好きなページにリンクすることができます。リンク先ページの所有者に許可を得る必要はありません。
「リンクフリー」の表明や「無断リンク」禁止は、本来無意味なのです。
リンクの自由は法律で明言されているわけではなく、既存の法解釈が敷衍されているようです。リンクは参照であり、模倣・複製や転載ではなく、引用にも当たらないのです。
公の場で開示されたものを、閲覧する権利を持つ人々に紹介するだけの行為が何らかの権利侵害を発生させる、という考え方には無理があると言えます。
とはいえ現実には、リンクの権利を制限したサイトは無数に存在します。
特別なジャンルの個人サイトのみならず、有名人、大手企業、公的機関、放送局、法曹関係者等々、名前を聞けば誰でも知っているサイトが、堂々と「無断リンク禁止」「トップページ以外のリンク禁止」を掲げております。中には、「リンクする際は事前にリンク者の個人情報を知らせて許可を得るように」なんてのも。
そういった姿勢を痛烈に批判するページも枚挙にいとまがないほどです。
その対決を読んでいると、下手な小説よりも面白く、インターネットはまだまだ発展途上だなーと感じます。
概して、リンク禁止派が「だってイヤなんだもん」「それが当社の方針だ」と、ろくに根拠も示さず、駄々こねたり威圧的に構えるのに対し、リンク自由派は「そういう思想はこれこれの見地から間違っている」と、法律やらエライ人の意見やらを引用して、滔々と理屈を並べるという図式になっています。立っている土俵が違うので、論点がかみ合わず、いつまでも平行線をたどるのです。
一見感情論対理論のようですが、どうしてどうして、感情むき出しなのはリンク自由派も負けてはおりません。おまけに彼らの文章は難しい。なにせ皆さんリンク大好きですから、文面は引用のみならずリンク(直リンク)だらけ。同好の士がこんだけいるぞーと、依頼心に満ちた論理展開となっているのでした。
その分野では重鎮であるらしい某氏の「リンクは自由」主張ページは、無数の信奉者からリンクを受けており、彼らの論難のよりどころとなっています。読んでみるとその重たいテキストページも、ほとんどが引用とリンクで、本人の意見はどこだぁと首をひねってしまうほどでした。
自慢じゃないがわたくしは、自分の意見を自分の言葉でやさしくまとめるのが好きだから、援護射撃なしで進めます。
脱線しますが、うちのFEP(死語)は「りんくはじゆう」を変換すると、しばしば「リンク恥有」になるんですわ。
さて、リンクをそれほどまでに嫌がる人々に、リンク自由派はなぜそれほどまでにリンクしたがるのでしょう。それほどまでに価値あるページなのですか?
いえいえ、わかりますよ。
あなた方は利己的な欲望から彼らのページにリンクしたいのではない。ほんとうは彼らの(くだらない)ページになどリンクしたくはない。「リンクは自由」精神を侵害する彼らの間違った考えを悔い改めさせたいだけ。ですよね?
それにしても間違った考えを主張する人々は世にゴマンといます。
天動説信奉は害がないとして、夫は妻を殴る権利を持つ、親には子供を殺す権利があると信じて実行する人々はあとを絶ちません。
せっかくの公憤なのだから、ほかにも向けてはいかがですか。
私に言わせれば、リンクは施しです。「させていただく」のではなく「してやる」ものなんです。リンクする側が優位です。
「施されるのが嫌だからするな」なんて、可愛いもんじゃありませんか。そんな連中、放っときゃいいんです。誰にも施されず野垂れ死にするのを待ちましょう。
とあるサイトが内部ページへのリンクを禁止しているとして、逆鱗に触れてまでリンクする必要性を誰が持つのですか。「うちのページはそこにリンクしなきゃ価値が下がるんだ」って人もいるかもしれませんが、そんな寄生虫みたいなページ、もともと価値がないんです。
「あなたの方針は誤りだ」とあげつらうよりも、そういうサイトにはどのページにも決してリンクしない(訪問もしない)ことを呼びかけるほうが、たとえ遠回りでも自由なリンク精神を知らしめる効果があります。
嫌がる人のページにリンクするくらいなら、うちに回してくれ〜。