知ったかブリッコ 英語ミニコラム

英語や英文に関する小さなエッセイ。

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知ったかブリッコは2006年4月で終了しました。
今後はブログ貧盗恋歌をよろしく!
 

有終の美

2006/4/10

The end crowns the work.・・・『最後が肝心』ってこと。crownは『有終の美を飾る』といった意味の動詞です。

不景気がアメリカ流結果偏重主義を呼び込んだとか言われますが、結果のみ重んずる姿勢は日本でもどこでも同じです。
『終わり良ければすべて良し』『勝てば官軍』など、けっこう極端。

このごろは『結果を出す』という言い方が『良い結果を出す』という意味で定着してきたようです。
結果の良し悪しは時の運、いやさ、努力しても悪い結果に終わるのが世の常というのに、敢えて『結果=良い結果』に限定したいのは、『実を結ぶ』という語感からでしょうか。

英語のfineは、上等・巧緻など賞讃の単語ですが、最後を表すfinalやfinishと語源を一にします。直接に『終わり=良い』を示しているわけですね。

中途はさておき最後を立派に締めくくりたいのが万人の願望なのです。

 

オーバーラン

2006/3/10

推理小説の一ジャンルに『時刻表トリック』があります。列車の接続・乗り継ぎなどのわずかな時間の隙を突いたアリバイ工作がメインです。
そんなトリックが成立するのは日本だけという話を聞きました。諸外国では列車が時刻表通りに走らないのが当たり前なので、机上の空論に終わるのです。

正確無比を誇る日本の鉄道運行は、ダイヤを組む人の頭脳と運転する人の技量という職人技に支えられてきたのかもしれません。

去年の脱線事故からしばらく、事故に至らずとも『どこそこ線で何メートルのオーバーランが起きた』などのニュースが続発しました。

このオーバーラン(overrun)、字義は『走り過ぎる』ですね。走って通り過ぎるのではなく、必要以上に走ることです。
英和辞典を見ますと、動詞は
1:うろつく、徘徊する、侵略する
2:(害虫や雑草が)はびこる
3:(敵軍を)壊滅させる
4:(思想・風潮が)急速に広まる
等々の次に、
5:飛行機が滑走路を行き過ぎる、走者が(ベースを)走り越す
という意味が出てきます。列車のオーバーランもこのグループに含まれましょうが、取り立てて載っておりません。

列車がプラットフォームの停止位置をちょっと通過するくらい、海外では用語を定義するほどの出来事ではないんですね。日本語にだって適切な言葉がなかったから、英語のオーバーランを借用したのです。

そんなことがニュースになってしまう時世になったのは、日本人が几帳面過ぎるからではなく、几帳面さが減ったからではないでしょうか。

 

A million miles away

2006/2/10

日本人にとって、英米の度量衡はすんなり頭に入りにくいものです。
最大の難関は十進法でないこと。
同じ単位がものによって値を変えたり、イギリスとアメリカで数値が違ったりするのも困りものです。

どういう場合にどの単位を使うのかも迷います。
「3メートルくらい」離れた場所を、10フィートと言うか、3ヤードにするか。
飛行機の高度をフィートで表すのは不経済なようですが、より高く思わせたいからでしょうか。

単位の選び方には、正確を期すよりも、数字のマジックでなにがしかの心理効果を狙ったものもありそうです。

身長は概して高く見せたいものです。
5フィート11インチと71インチでは、どちらが効果的でしょう。インチだけで表さないのは、繰り上がりがややこしいせいではなく、フィート+インチの複雑さが高く錯覚させるから・・・とは考えすぎ?

片や体重はストーン(stone)という妙な単位が用いられます。10ストーン=140ポンド=63.5キロ。これなんか、数値を小さくして痩せてるように思わせたい心理だったりして。

シャイロックは肉1ポンド(pound of flesh)を要求しました。これなら食べ出もじゅうぶん。

我が国のステーキ屋さんには、気取ってオンス単位で注文を受ける店もあります。グラムだとスーパーの肉売場みたいで安っぽい印象があるのでしょうか。
5オンス=141グラム。日本人の胃には適当な単位でも、なんだかせこいような・・・。

 

ドンマーイン

2006/1/10

「心配するな」「気にしないで」といった、慰めもしくは気遣いの言葉「ドンマイ」。我が国ではスポーツ界から浸透してきたようです。
これがDon't mind から来ていることは、周知の事実ですね。

このDon't mind、英語としては間違いだってこと、ご存じでした?

かくいう私、ネタを求めて辞書を漁る中、さっき気づいたばかりです。以前メールの中で使ったような気もするなあ。

正しくは? ・・・Never mind.

概してneverはdon'tよりもキツイ印象がありますから、和らげたいという日本人心理が働くのかもしれません。

もちろん「間違い」は言い過ぎです。文法ミスではないし、意味も気持ちもちゃんと通じましょう。
独立した慣用句として非標準ということなのです。
Don't mind what 〜などの構文は問題ありません。

だから気にせず、Don't mind.
それじゃ向上心不足。せっかく得た知識だもの、今後は気にして、Never mindと言おうね。

 

日本的綴り、日本的発音

2005/12/10

ストラトキャスターについて私が持つ知識は、「ロリー・ギャラガーが抱えていたはげちょろギター」程度です。

先日その形状をチェックする必要があって、Googleでイメージ検索をしたのです。キーワードにはカタカナの「ストラトキャスター」よりも横文字のほうが本場の豊富な画像を得られよう・・・とは自然な心理ですよね。
でもスペリングに自信がない。愛称はstratだったよな・・・。まさかcの後にhが入るとか、最後がtorてなひねくれもんじゃなかろう。Googleには頼もしい「もしかして君」もついてることだしぃ・・・えい、stratcasterと入力。
するとギターの写真がずらずらずらっ。総計数百件。ほっ、合ってたんだ、と安堵の息を引っ込ませたのが、例のお節介な赤文字・・・「もしかして:stratocaster」!?
改めて検索結果を見直すと、jpだのniftyだの、和製画像ばかりではないか。
恥を忍んで(?)stratocasterをクリックしたら数万件出てきました。

日本語は通常子音が自立していないので、外国語の発音でも無意識に母音を挿入してしまいます。dやtにはo、bやsにはuを。sutorato・・・という感じですね。
それを自覚しているせいで、綴りを逆製する際に必要な母音まで取り除くのかもしれません。
私って典型的日本人だナア。

と看過していいんでしょうか。日本人のもっとヤバい傾向は、どうせ日本語ページじゃんかと、調べる手間を惜しみ、適当な綴りでごまかすことなんです。
規格内であればファイル名をどうつけようと自由です。giter.htmでもsucharaka.jpgでもいっこうにかまいません。それでも固有名詞には一応の敬意を払うべきだと思いますけどねえ。

 

目からコーヒー

2005/11/9

単数・複数の使い分けは、日本人にとって悩みの種ですね。
単に数えられるか数えられないかの問題ではなく、歴史・文化・民族的頭脳構造までが反映されているのです。
日本で二千円札が普及しないのは、複数感覚に馴染まない社会だからだという意味のことを述べた人もいます。

さて、涙(tear)は普通tearsと複数で表されます。ひとしずくでも二筋でも3粒でも1リットルでも滂沱でも、たぶんtearsです。

だいたいwaterだってcoffeeだって、液体というものは非可算名詞でしょう?
口語で2 coffeesと言えば、2 cups of coffeeの略です。

なぜに涙は常に複数なの?

これは、出てきた涙だけに目を向けていては理解できません。重要なのはその源泉。つまり、eyeがふたつあるってことです。眼鏡が常にglassesなのと同じ理屈。

というと、コーヒー飲み過ぎて目からあふれてきたら(くるか!)、当然coffeesになりますな。

 

ピーマンは大人の味

2005/10/10

子供が嫌いな野菜ナンバーワン、ピーマン。

そのピーマンって英語なの?

ピーマンの語源は唐辛子を指すフランス語のpiment(ピマン)です。野菜のピーマンはpiment douxで、ドゥは甘いという意味。
英語ではsweet pepper、つまり甘い胡椒。
日本でも「アマトウガラシ」という和名があることはあまり知られていないけど、直訳でしょう。
(胡椒はコショウ科、唐辛子はナス科ですが、英語はpepperが両方カバーします。フランス語では胡椒をpoivreといい、poivronはピーマンの別名だから、結局つながってる?)

それにしても子供たちは納得いきませんよね。
ピーマンのいったいどこが甘いんだ。
唐辛子の前では万物が甘いのですけど。

いずこの国でも、子供のピーマン嫌いに悩み、なんとか食べさせようと「甘い」をくっつけた・・・とは深読みかな?

お母様がた、子供にピーマンを無理強いしてはいけませんよ。
子供は生命が志向するものに忠実です。甘いものを好むのは、少量でも効率的にエネルギーを得るための本能です。刺激臭・苦味・辛みなどはしばしば毒物に含まれるので、DNAが忌避するのです。
ほっといても、成長とともに社会毒に侵されてピーマン好きになります。

それまで待てなければ、コーヒーやビールを積極的に飲ませるのも手です(ぉぃ)。つまみはワサビ漬けなどがよろしい。
私だって、ブラックコーヒーを飲めるようになったのとピーマンが平気になったのは同じころでしたよ。

 

アッシャー家の秋

2005/9/8

秋ですね。
秋はふたつの側面を持ちます。

春夏の成長が実を結ぶ、収穫の季節。
冬枯れへと向かう衰退の季節。

英語で秋はautumnですが、アメリカではfallとも言います。
語源的にautumnは「増大」を意味するauctumnusから来ているそうで、まさしく実りの秋です。
片や、落ちる(fall)枯れ葉を秋の象徴としたアメリカ人は、案外ペシミストなのかも。

エドガー・アラン・ポーの名作『アッシャー家の崩壊』。そのタイトルからして不吉で暗鬱な響きを感じませんか? 破滅へ向かう旧家の悲劇的な運命が読み取れるような・・・。
原題は"The Fall of the House of the Usher"です。
要は、アッシャーさんのおうちが壊れちゃっただけなのよ。
単なる直訳の邦題に比べても、やけに即物的で、アッケラカンとしたイメージなのは、houseのせいでしょうか。

 

かわいそうな猫

2005/8/10

「猫の手も借りたい」とはメチャクチャ忙しいことでして、その裏には「猫ってのは役立たずだ」という含みがあります。猫の手とはそんなに使えないものなんでしょうか。

英語で「猫の手」はcat's paw。これには『他人の道具として利用される人』という意味があります。
手持ちの辞書には『イソップ物語より』とありますが、ラ・フォンテーヌが正しいようです。猿が猫に熱い焼き栗を拾わせて食べた『猿と猫』という寓話から来ているのだとか。

「火中の栗を拾う」は中国の故事成語みたいな雰囲気ですが、実はフランス産だったのですね。
英語では手段の「猫の手」が残り、日本語では成果の「栗」、いや「危険な行為」そのものにスポットが当たったわけです。

ところで「猫の額」とはメチャクチャ狭い場所のたとえです。英語では狭苦しい場所を“no room to swing a cat”とか言います。同じ「狭さ」でもスケールが違いますな。(roomは「余裕」「余地」という意味。)
って、あちらの人は日常的に猫を振り回しているのでしょうか?


付記:その後仕入れた知識です。
この振り回すcatとは、海軍で体罰に使う鞭のことです。正式にはcat-o'-nine-tailsといいます。
結びこぶのついた9本の紐に分かれていて、けっこう痛そう。

 

I was died by my son.

2005/7/6

えー、今回は間に合わせに(?)、日本語文法の話です。

上の英文、なんだか変ですよ。
「dieはkillの間違いだろう」って?
いえいえ、親殺しなんて物騒な事件ではありません。愛息に先立たれた親御さんの嘆きです。

「別れ話をしたら殴られた」
「別れ話をしたら泣かれた」
どちらも受動態であり、前者のほうが迷惑度は高そうですが、後者の例を特に『迷惑の受け身』と呼びます。行為がダイレクトに及ぶわけではなくとも、受け身にすることによって言外にありありと迷惑や被害を表すのです。

迷惑の受け身の大きな特徴は、英訳が難しいということです。通常は受け身になり得ません。日本語って奥深い表現力を持つのですね。

 

サインはV

2005/6/10

その昔、ロンドンでのこと。
現地で知り合った人に「どのくらい滞在してるの?」と尋ねられ、「ツーウィークス」と言いながら、ナニゲに指を2本立てたところ、急に相手が怒り出したのです。驚いていると、手の向きがまずいと説明してくれたのですが、イギリス人って些細なことにこだわるんだなと呆れました。
先日それを思い出したのは、ブリッコネタを捜してランダムハウス英和辞典をめくっていたら、その指の形にちゃんと名称があることを偶然発見したからです。

Harvey Smith ・・・ 手のひらを内側に向けてするVサイン。軽蔑を表す。1971年のダービーでこれをした選手の名にちなむ。

しぐさやポーズにもお国柄があるので、迂闊な真似はできませんねえ。
指で軽蔑する方法はほかにもあるし、人差し指を振ると警告を意味するそうです。人を指差すのが失礼だというのは共通みたいですが、方角を示すときには日本人と違って親指を使うことが多いようです。

日本人が指で数を示すとき、1は人差し指で、中指、薬指と立てていき、最後に親指を開いて5とするのが普通ですが、向こうでは親指から始まるので、2はピストルのような形になると聞いたことがあります。ホントかしら。

 

アンビリーバボー(unbelievabre?)

2005/5/10

日本人が特に苦手とするのが、LとRの区別です。日本語のラリルレロは便宜上Rで表記されていますが、実際にはRともLとも異なる独自の音です。
ヨーロッパ言語では、同系列にくくられる子音グループが何種類もありますが、LとRを関連づけた例はありません。ごっちゃにする日本人の言語構造が特異なのでしょうか。

いやいや、LとRは似ていますよ。区別する言語に案外無理があるのかも。

clashとcrashの違いは、ドシャンとガチャンの差みたいなものでしょうか。

発音されない子音は多岐にわたり、けっこう日本人泣かせです。ボンバーだのカップボードだのって。
前に母音があって後ろに母音がないRは、しばしば発音されず長音記号化してしまいます。特にイギリス英語では。
Lでも、stalkやfolkなど発音されない例があります。allやpoll(ポウル)においては、最初のLが長音っぽく見えます。
となると、発音面でLとRは共通点が多いと思えませんか(こじつけ〜)。

 

雨の降る日は天気が悪い

2005/4/10

先般亡くなったローマ法王(教皇)ヨハネ・パウロ二世はポーランド人です。

さて英語にはこういう言い回しがあります。
Is the Pope Polish? (ローマ法王はポーランド人か?)
これは「そんなの当たり前だろ」という意味で、答えのわかりきった馬鹿げた質問に対する返答として用いられます。

そもそも外国人(非イタリア人)がその地位に就くことは異例なのに、こんな成句が定着したのは、四半世紀以上にわたる長い在位期間という背景があるのでしょう(もとの言い方は Is the Pope Catholic? )。『ローマ法王』がナニモノなのかてんでわかっちゃいない一般日本人にはチンプンカンプンだと思いませんか。

同種の表現に次のようなものがあります。
Does a duck swim?
Does a bear shit in the woods?

 

モヴァイル

2005/3/10

著名作家でも「私のデヴュー作は」とか「チューヴの形」みたいな誤記をすることがあり、わりとみっともないです。
一方バイタリティやビビッドには、なんらおかしいところはありません。日本語はv音がb音に含まれるのです。だからスペイン語に親近感?

にしても「青い海を見下ろす白亜のビラ」だと、オシャレっぽくないですねえ。ここはヴィラのほうが雰囲気〜。
「テレヴィ」なんて書く人は、パソコンを「パーソコム」にしなきゃ釣り合いが取れません。
いつぞやは「ヴェルベット」なる語を、ファッション誌で目にしました。

語源的には、vとbは渾然としていて、日本語表記に目くじら立ててもしょうがないとも思います。
probe(調査)とprove(証明)とproof(証拠)は同一線上にあり、marvel(驚異)とadmirable(賞賛すべき)は同根みたいです。

ヴログ(2ch語?)なるものに興味を持ち、Movable Type(ムーバブル・タイプ)を覗いたとき、ふとmovableとmobileが同じ意味であることに気づきました・・・動かせる、移動式の。
なまじmoveが頭にあると、うっかりmovileなどと書き間違えそうで混乱の種です。

 

バベルの塔

2005/2/9

おごり高ぶった人間たちが、神に挑戦すべく天まで届く塔を建て始めた・・・それがバベルの塔です。案の定神の怒りに触れ、塔は崩壊。

いや、神様は自ら塔を壊すという野蛮な行為には出ません。
それまで1種類しかなかった人間の言語を多数に分けて、コミュニケーションを不可能にしてしまったのでした。

言葉が通じなくなると塔が壊れるなんて、ずいぶん飛躍した発想ですねえ。

以上は聖書の話ですが、古代バビロニアのバビロンにはそのような塔が実在したとか。塔というよりデパートみたいな四角い建物ですけど。

さて、BabelもBabylonも語源は『混乱』を意味します。

その混乱が尾を引き、数千年後、『英語サイトの作り方』なるものが存在意義を得たわけです。

また、翻訳サイト翻訳ソフトにそのような名称が使われているのは、バラバラの言語を統一したいという希望なのでしょうか。
翻訳結果を見れば、混乱を深めるだけに見えることも多々あるのですが。

 

君子は豹変す

2005/1/5

手元の漢和辞典では、「秋になって豹の毛が抜け替わると斑模様がくっきり美しくなるように、君子(有徳の人)はたとえ過ちをおかしても直ちに改め、鮮やかに面目を一新する」とあります。豹変は本来賞賛すべき行為なのですよ。

我が国では以前から『豹変』がひとり歩きして、もっぱら悪い意味に使われております。とりわけ、それまで君子のごとく穏やかだった人が突如本性をむき出しにして粗暴になる、みたいな。
まあ、無理からぬ面もありますね。動物園でしか本物の豹にお目にかかれない日本人には、斑紋が変わるなんてピンと来ないのです。そこで「豹変とは人間が猛獣に変身する比喩」に変身したようです。

ここで、付け足しのように英語の話題。こういう言い回しがあります。
The leopard does not change its spots.
豹が斑模様を変えないように、人の性格は変わらない(矯正できない)のだ、と。ことわざではなく、聖書から来た言葉です。
厳しい気候の中国と暑い中近東では、豹の生態が異なるのでしょうか。あるいは「生え替わろうと禿げようと、豹柄は豹柄だ」というおおざっぱな自然観なのでしょうか。





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